「成り上がり」は昔の話 歌舞伎町の現役ホストが語る「夢と現実」 - Crune Blogs

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2018年3月17日土曜日

「成り上がり」は昔の話 歌舞伎町の現役ホストが語る「夢と現実」

 現役ホストが働く書店「歌舞伎町ブックセンター」が、歌舞伎町の中心地に完成した。ホストクラブの他、バーなどを経営する手塚マキ氏(「Smappa! Group」会長、40歳)が手掛ける店だ。

【写真】被災地出身のホスト友夜さん

 ここで、風俗の世界を舞台にした小説集『世界で一番のクリスマス』(石井光太著、文藝春秋刊)の刊行イベントが、開かれた。

 手塚の他、ゲストに現役ホストである陽虎(ハルト、19歳)と、友夜(トモヤ、23歳)が加わり、ホストクラブの「今」について語ってもらった。

*前編〈歌舞伎町人気ホストが語る「ビジネスとしてのホストクラブ」〉より続く


左から陽虎さん、友夜さん、手塚マキさん 

◆ ◆ ◆

「暴力とか、体育会系のノリとかはない」

 日本最大のホストクラブの都「歌舞伎町」。ここには200店以上のホストクラブが乱立し、その数は日々増えつづけているという。

 これまでのホストクラブには「水商売や孤独な女性を騙して大金をむしり取る」というイメージがあった。

 だが、暴対法や歌舞伎町浄化作戦による暴力団の排除、SNSによる情報の普及によって、歌舞伎町のホストクラブは一気にクリーンな世界になり、今は若い男性がファッション感覚で働いたり、ごく普通の女性がお小遣いや給料を握りしめて遊びにやってきたりする場になっているという。

 友夜は言う。

「(ホストクラブにホストとして)入ってみてびっくりしましたけど、ホストクラブって暴力とか、体育会系のノリとかはないですよ。先輩とかみんな優しいです。面倒見てくれたり、服とか食事とか、あとはいい店を紹介してくれたり。想像以上にクリーンな世界でした」

 友夜自身も、ホストにありがちな派手なスーツは着ておらず、私服に金髪といったいで立ちだ。渋谷あたりにいそうな、軽いノリの大学生とのような格好だ。陽虎は尖った服装はしているが、話をしてみると照れ屋でかわいらしい。

 手塚マキは言う。

「ホストクラブって会社みたいにチームを組んで仕事をするんです。そのチームに若手からベテランまでいる。だから、チームごとに仲良くして成績を出していくということにやりがいがあるんです」

 ホストクラブの従業員は、黒服と呼ばれるボーイと、ホストとにわかれている。店の規模によるが、黒服が4人だとしたら、ホストが20人くらいだ。経営や運営にかかわることは黒服がやり、接客はホストの役割だ。

 店の中でホストは5人くらいのチームにわけられ、4チームに分散する。そしてそれぞれのチームで協力して女性を接待したり、売り上げ目標を達成したりする。

 ホストクラブでは、自分を指名した女性客の支払額の半分が自分の取り分になるというルールがある。だからといって、ホスト一人が儲ければいいということではなく、上記のようなチームプレイも必要とされるのだ。

 また、ホスト同士が親密な関係になれるのは、寮生活をしているからでもある。ホストの世界で月収100万円以上を稼げるのは2割に満たない。ホストの半数弱は衣食住に困りかねないような生活だ。あるいは、裸一貫で地方から出てきてホストになる者もいる。そのため、どの店でも寮を用意するのが一般的だ。

 手塚の言葉である。

「ホストクラブの寮は、だいたい歌舞伎町の近くのマンションですね。いくつかの部屋を借り上げて住まわせる。うちであれば、店で働くホストの4割くらいが寮に住んでいるんじゃないでしょうか」

 寮生活では自然と人間関係が濃くなるし、熱い友情も芽生える。

 では、今のホストはどういう流れでホストクラブに飛び込むのだろうか。陽虎と友夜のケースを見てみたい。

「ホストになったのは、親父を見返すため」

 陽虎は、北海道の紋別の出身だ。

 小学校4年の時、親の離婚にともなって父親のもとに引き取られた。だが、父親は責任を持って陽虎を育てることをせず、ある日、児童養護施設へつれて行って、そのまま預けてしまった。以来、一度も面会には来なかった。

「なんでだよって思いました。施設に行くことも、預けられることも聞いてませんでしたから、捨てられたって感じた。施設には、誰一人として知らない幼稚園児から高校生までの子供が70人くらい住んでいました。人間関係はうまくいきませんでしたね、大人とも子供とも。それで一時期グレた時もありました」

 高校に進学したが、施設での暮らしにはまったく馴染めなかった。そして陽虎は高校2年の時に中退を決意する。

 学生でなくなると施設にはいられないので、友人のアパートに転がり込んでカラオケ店でバイトをはじめた。だが、ここでも人間関係が合わずに辞めてしまう。

 次に、彼は別の施設時代の友人を頼って上京。彼が働いていた携帯会社で働きはじめるも、結果は同じだった。仕事を辞め、もう北海道に帰ろうか、と考え出した。そんな矢先に、見つけたのがホストの求人だった。

「もともとホストには興味がありました。北海道に帰ろうと思っていた時に、ホストクラブが配信している動画中継なんかを見ていたら、だんだんと一度でいいから働いてみたいと思うようになった。それで自分の意志で応募したんです」

 19歳だったが、酒さえ飲まなければ、ホストとして雇ってもらえる。とはいえ、店側にとってはリスクある採用だったはずだ。それでも雇ったのは、陽虎にそれ以上の可能性を見出したからかもしれない。

「ホストになったのは、親父を見返すためなんです。親父には会ってないけど、連絡先はわかってるし、たまに連絡をとることもあります。だから、歌舞伎町のホストクラブで有名になって、親父をアッと言わせたいんです」

 陽虎の胸には、児童養護施設に置き去りにされた過去が今なお鮮明に残っているのだろう。だからこそ、父親を見返してやりたいと本気で考え、下積み生活を送っているのだ。

 店が19歳の彼を雇ったのは、そうしたハングリー精神を読み取ったからかもしれない。

被災して「すごい悲しいこともあった」

 友夜は、東日本大震災の被災者だ。生れは、岩手県大槌町。大津波によって町の中心地は壊滅、1200名以上の犠牲者を出した。

 当時、友夜は高校1年。高台にあった高校にいて間一髪で被害を免れた。だが、自宅は浸水し、町は見渡すかぎり瓦礫と灰で覆われた。その時の記憶をこう語る。

「周りの同級生の家族さんとかが亡くなって、すごい悲しいこともあった。町には遺体がそこらへんにある中で、自分としては、あっ、このままもう終わるんじゃないかなって思った」

 こうした体験をして震災を生き延びたことで、友夜は故郷に対する思いを膨らませ、地元の復興に携わる仕事につきたいと考える。そんな時に縁があったのが、東京のオイスターバーでの仕事だった。大槌町では牡蠣の養殖が行われていたことから、この店で腕を磨けば、いつかは地元に貢献できるのではないかと思った。それで高校、専門学校を経て、東京のオイスターバーに就職した。

 しかし、職場の人間関係に適応できなかった。友夜は間もなく仕事を辞め、客と1対1で話す仕事をして経験を積みたいと考え直した。それで浮かんだのがホストクラブの仕事だった。

 彼はホストのスカウト会社が運営している求人サイトへ登録してみた。そこで紹介されたのが、手塚のグループの店だったという。

「今はこの店で頑張って、ゆくゆくは大槌町に帰りたいと思ってます。向こうでなんかバーとかカフェみたいな店をつくれたらいいなって。音楽が好きなんで、そういうこともできたらいいと思ってます」

 こう語るように、友夜の復興への思いはブレていない。ホストとして歌舞伎町に身をうずめるより、接客の経験をつんで故郷で復興にかかわりたいと考えているのだ。こういうところが、今のホストらしいところなのかもしれない。

「成り上がり」は昔の話

 陽虎と友夜。2人の若いホストの言葉を聞いていて感じるのは、一時代前のホストのように「成り上がる」というような気概を持ってこの世界に飛び込んできたわけではないことだ。それぞれ若くして心に深い傷を負った経験があるとはいえ、手塚が言うように、まさにファッションやバイトの延長でホストになっている。

 女性客も同じように変化しつつある。ホストクラブはホスト主導で女性をどんどん引っ張っていくイメージがあるが、むしろ翻弄されているのはホストの方だとか。

 友夜は語る。

「うちでは自己アピールの動画を配信してお客さんをつかむんですよ。お客さんも動画を見て『この子がいい』とか考える。僕にしてみれば、ネットで知ってくれたお客さんを店につれてきて指名してもらわなければならないので、とりあえず『店に来なくていいから食事だけしよ』って呼び出してごちそうする。うまく気が合えば、指名してくれるわけです。でも、ほとんどの場合、こっちが食事だけおごって終わりなんです。店に来てくれるのは4人に1人くらいで、あとは帰っちゃう。おごっても全部結果につながるってわけじゃないんです」

一人前になるまでの苦しい日々

 これだけホストクラブが増えれば、ホストの方も自腹を切ってでも客をつかまえてこなければならない。だが、相手がごく普通の学生やOLであれば、そうそう遊ぶ金はない。逆に、ご飯だけおごってもらってサヨウナラというケースも少なくないのだとか。ホストの側がいいように利用されることもあるそうだ。

 手塚は言う。

「一人前のホストになれば、毎晩のように指名がつきますが、それまでは結構大変です。女性客のパシリにならなきゃいけない時代もある。それを何とか乗り越えれば、一人前のホストになれるんですけど、その間はまったくお金もないし、先輩にもあれこれ命令されるし、苦しい日々がつづくんです」

 陽虎もまたよくパシリにされるそうだ。そのぶん、発散の方法も身に着けている。

「僕のストレス解消方法は、一人カラオケです。一人でカラオケ行って歌いまくる。そうやってがんばってます」

 何が何でも指名をとって、一生暮らせるだけの大金を稼ぐ。今のホストクラブにはそんな野望が薄れる一方で、若い男女が遊びの中の駆け引きで楽しめる場となりつつあるのかもしれない。

 ただ、それはそれで新しいホストクラブの世界として、だんだんと世の中に認知されていくのだろう。

写真/末永裕樹(文藝春秋)

(石井 光太)

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