時代小説「蜩(ひぐらし)ノ記」や「銀漢の賦(ふ)」など地方からの視点で、組織の中で生きる個人の誇りを描いてきた直木賞作家の葉室麟(はむろりん)さんが二十三日、病気のため死去した。六十六歳。北九州市出身。葬儀・告別式は近親者のみで行う。
西南学院大卒。地方紙記者や放送局のニュースデスクなど会社勤めを経て、「乾山晩愁(けんざんばんしゅう)」で二〇〇五年に歴史文学賞を受賞、五十代の遅咲きのデビューだった。
西国の藩を舞台にした「銀漢の賦」で松本清張賞。一二年に直木賞を受賞した「蜩ノ記」は、ある事件に関わり切腹を前にしながらも、藩史編さんに取り組むかつての奉行と、藩からその監視役を命じられた武士の心の交流を描いた。この作品は、一四年公開の映画もヒットした。一六年には「鬼神の如く 黒田叛臣伝」で司馬遼太郎賞を受けた。
十一月に西郷隆盛を主人公にした「大獄」、今月は松平春嶽を描いた「天翔(あまか)ける」を出版したばかりだった。
葉室さんは昨年六月から今年七月まで、本紙で小説「影ぞ恋しき」を連載した。
◆遅咲き、人間の尊厳見つめ
二十三日に死去した作家の葉室麟さんは、五十代で作家デビューした遅咲きの作家だ。亡くなるまでの十数年間で作品を量産した。自分の内にあるものを早く形にしなければならないと、猛烈な執筆ぶりだった。
新作が書店に並んでいるのに次の新刊を出すことは「商売」上、あまり得策ではない。「分かっているのだけど、書かないといけない」と語っていた。
直木賞受賞作「蜩ノ記」をはじめ、歴史・時代小説で腐心したのは、人間の尊厳や、良心の輝きだった。
幕末の志士、高杉晋作の伝記小説「春風伝」を刊行した際のインタビューで、晋作を「人間が持つ情愛を行動に昇華させたまれな人物」と評した。「人が心を動かす“情”は社会にとって必要なこと。情を大切にすることと対極にあるのがポピュリズム。人を憎むことを扇動して、憎む相手をつくり出す政治手法はよろしくない」
グローバリズムの拡大が生んだ利己主義にあらがうことに、使命感を燃やしていたのだろう。そういう時代だからこそ、いわば「反時代」的な葉室作品の精神が輝いた。
作家になってからも、新聞記者時代に培われたジャーナリズム魂を持ち続けた。「紙であることの意味は大きい」と、新聞の役割の大きさを説いてもいた。 (共同・上野敦)
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