法名は「眞藝院釋歌丸(しんげいいんしゃくかがん)」。横浜の海をイメージした祭壇には、菊、胡蝶蘭、デルフィニウムなど2500〜3000本の花で彩られた。遺影には、3年前の8月に国立演芸場で高座に上がった時の写真が使われた。
歌丸さんのこれまでの足跡を紹介する部屋も用意されており、2006年から16年まで司会を務めた日本テレビ系演芸番組『笑点』の司会台や、回答者時代と司会者時代の衣装、番組50周年でスタッフから贈られた車いすなどが展示された。
歌丸さんの師匠で、落語芸術協会の最高顧問・桂米丸(93)、落語協会の会長・柳亭市馬(56)、『笑点』を代表して林家木久扇(80)が弔辞を読み上げ、中村吉右衛門(74)が友人代表のあいさつを担当。三遊亭小遊三(71)が謝辞として「これから一人ひとりが力をつけて、確固たる落語芸術協会を作っていくつもりです」と呼びかけた。
歌丸さんと親交のあったタレントが囲み取材に応じ、生前の思い出を語った。主なコメントは以下の通り(順不同)。
■桂文珍
「誠に功績の鮮やかな方で、勉強になりました。たくさんのことを教わりました。芸というものに対して真正面から向かっていらっしゃる方で、最後の方は(吸入器で)酸素を吸いながら一生懸命語っておられる姿はすばらしい生き様だったと思います」
■泉ピン子
「私がお笑いをやっている頃を知っている方だったので、またその頃を知る人がいなくなってしまったという気持ちです。きょうは『もうすぐ行くから、待っていてね』と呼びかけました。本当にオシャレで粋な落語家っぽい落語家さんでした」
■尾上松也
「去年、ドラマで歌丸さんを演じさせてもらったのですが、すごく温かくてみなさんから慕われているのがよくわかりました。きょう初めて奥様にお目にかかったのですが、師匠が愛に包まれていた方だと思いました。入退院を繰り返しながらも『それでも何とか伝えたい』という強い責任感、芸人としての根性を感じました」
■林家たい平
「人として、落語家として常にかっこよかったです。最後まで新しいネタを覚えていらっしゃって、自分が新しいことを挑戦することを通じて、僕たちにも立ち止まったらいけないと思わせてくれるような、背中で見せてくださる方でした。引き継ぐものがあまりに大きすぎますが、自分の中でできることをやっていきたいと思います」
■三遊亭小遊三
「だんだんさみしくなりますね。大きな穴が空いたみたいで不安です。しんみりしないっていうのが噺家の持ち味なんですけど、どうもそうはいきませんで…。本当のことを言えば『いってらっしゃい』と声をかけて、また帰ってきてほしいのですが、歌丸師匠の遺志として『落語芸術協会のこれからのことを一生懸命考えなさい』というお題をいただいているので、頑張りたいと思います」
■桂米助
「今はまだ気を張っていますけど、本当のさみしさがくるのはこれからでしょうね。背中で教えてくれた人でした。ただ一言『ありがとうございました』。これしかないです」
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